2022年度のインタビュー

卒業年度:2016
山路晃啓(やまじ あきひろ)
卒業大学:東邦大学

卒業年度:2016
堤亮介(つつみ りょうすけ)
卒業大学:福島県立医科大学
メッセージ
私は初期研修で初めて茨城・つくばの地にきました。『スポーツドクターに興味があって』という謳い文句のような理由で筑波大学で研修を始め、その道からそれることなく筑波大学整形外科で後期研修を始めました。後期研修は三次救急のような外傷がメインの病院から人工関節や脊椎手術などのエレクティブ手術がメインの病院と幅広い分野で研修を行えました。この4年間の研修中に人工関節・骨切り・関節鏡という様々な手術でアスリートの競技復帰から高齢者のADL改善まで行うことができる膝関節の分野に惹かれ、専門とすることに決めました。後期研修を終え、同期と大学で再度働いて感じたこととしては、後期研修は4年という終わってみると非常に短い期間でしたが、各々が経験する病院・内容によってその後の専門分野やの進路について決定することとなる大事な期間であったなと再認識しました。
また、当初の『スポーツドクターに興味があって』の希望通りに、サッカードクターについても色々なお仕事を頂いており、そちらも並行して学ぶことができる(理解のある上級医の先生しかいない)ことも筑波大学の特徴と感じました。
とても恵まれた環境での研修であり、自分も今後、このような環境づくりに尽力できればと思います。

卒業年度:2014
寺村晋(てらむら しん)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は筑波大学卒業後、一旦地元関西で初期研修を行い、その後2年間兵庫県の市中病院で整形外科の後期研修を行いました。医師5年目にどうしようか悩んでいる際に、スポーツ整形を学びたいという思いから、筑波大学整形外科への入局を決めました。
私のような中途入局者に対しても快く対応いただき、上級医の先生方には非常に感謝しています。入局後は家庭の事情や私自身の興味などをご考慮いただき、充実した研修を送ることができました。また、ハンドボールのドクターとしても機会を与えていただけ、関西に残っていたら経験できなかったであろうキャリアを積むことができました。
初期研修の先生方や医学生の皆様はキャリアに関してすごく悩むことが多いと思います。筑波大学は私のような回り道をした人間に対しても寛容です。入局お待ちしております。

卒業年度:2016
中島俊(なかじま しゅん)
卒業大学:日本医科大学
メッセージ
私が整形外科を志望した理由は、初期研修期間に、そこで勤務する整形外科の先生方が、重傷外傷に臆することなく、華麗に治療する姿がかっこよく見えたこと、変形性関節症の患者さんに人工関節等の手術を行い、その患者さんが杖なく歩いて退院される姿をみて、やりがい・科としての魅力を強く感じたからです。また地元である茨城県で、医師として働きたいという気持ちから、筑波大学整形外科の医局に入ることを決めました。
私は4年間の後期研修期間に、大学病院・水戸協同病院・水戸赤十字病院・西南医療センター・水戸医療センターの計5カ所で研修を行いました。各研修病院はいずれも違う特色を持つ病院であり、様々な症例を経験することができました。はじめて目にする症例に触れた時や、自分には手に負えないような重傷症例に遭遇したときには、不安・プレッシャーを強く感じました。しかし、多くの先生方・スタッフに支えられ、また切磋琢磨できる同期にも恵まれ、こうして後期研修を終えることができました。
整形外科の領域は非常に幅広く、学べば学ぶほど知らないことが増えていったというのが後期研修を終えた現時点での感想です。これからは膝・外傷の分野をより深く学んでいきたいと考えています。これまで出会った先生方から学んだことを生かして、今後もより自分自身を高めていけるように精進していきたいと思っています。

卒業年度:2016
中川翔太(なかがわ しょうた)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
茨城西南医療センター病院、筑波大学附属病院、茨城県西部メディカルセンター病院、松戸市立総合医療センター、筑波メディカルセンター病院、水戸医療センター、公立昭和病院と多くの施設で研修させていただきました。
そのほとんどの施設が三次救命救急センターの有する病院で、頻度の高い外傷から骨盤寛骨臼骨折や損傷の大きい四肢開放骨折、多発性外傷まで多くの経験を積むことができました。
初期研修は茨城西南医療センターでしたが、入局前は救急科・消化器外科・脳神経外科などと迷っていました。外傷の治療に興味があり、その中で整形外科を選ぶ最終的な決め手となったのは、初療から関わることができて、かつ長期の経過がみられることでした。患者さんが日常生活に復帰させることができると治療のやりがいを感じます。患者さんはお元気な方も多いので、ありがたいことに数年たった今でも病院が変わっても外来に来てくれる”常連さん”もいます。
筑波大学を選んだ理由は、若手のうちから手術ができる症例の多さです。そして同期入局も多く、出身大学に寄らず仲が良いことも非常に魅力的だと思います。
後期研修の研修先で悩まれている方は一度、筑波大学整形外科に見学にいらしてください。

卒業年度:2016
廣瀬史(ひろせ ふみ)
卒業大学:宮崎大学
メッセージ
私は初期研修を筑波大学付属病院で行いました。もともと内科志望でしたが、整形外科をローテートしたときに手術が面白いと思ったことと手術をすることで疼痛が軽減しADLが向上する患者さんの姿をみて、整形外科に魅力を感じ入局することを決めました。
後期研修期間は大学病院、水戸協同病院、筑波メディカルセンター、筑波記念病院、筑波学園病院、西部メディカルセンターの計6病院で研修を行いました。
3次救急病院ではcommonな外傷や開放骨折などの重度四肢外傷を中心に経験を積み、2次救急病院や地域医療を担う市中病院では外傷以外にも脊椎、膝・股関節外科、手外科の慢性疾患など幅広く経験することができました。どの病院でも上級医の先生方には丁寧に指導して頂き、困った症例があっても気兼ねなく相談することができました。
今後は後期研修期間の様々な経験を通して臨床診療や学会・論文活動などで携わる機会の多かった股関節外科を専門として日々精進していきたいと思います。
また私は後期研修期間中に妊娠・出産しましたが、上級医の先生方の温かいサポートのおかげで無理なく働くことができ、専門医も取得することができました。女医はどうしても結婚・出産などのライフプランで悩むことがあるかと思いますが、筑波大学整形外科はそういった事情にも配慮してくれる医局なので女性の先生方も気兼ねなく入局してくれると嬉しいです。

卒業年度:2016
中川隆嶺(なかがわ たかね)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は筑波大学を卒業後、市中病院での初期研修の後に筑波大学整形外科へ入局しました。学生時代に陸上競技部に所属し、その際の恩師である先生と、また同部活での諸先輩方の勧誘がきっかけで入局を決心しました。もともと学生時代より整形外科には興味があり、特にスポーツ医学のイメージが強いこともあり、出身大学でもある筑波大学で整形外科医として邁進しようと決意しました。入局後は5年間で県内で大学病院を除いて6か所の病院でお世話になり、それぞれ多様な環境で臨床スキルや手術技術を向上していくことができました。一般外傷や人工関節手術、関節鏡手術、各疾患の保存治療など整形外科として扱うべき症例は数多く、比較的万遍なく経験できた印象があります。様々な分野がありますが、中でも特に脊椎外科に興味を持ち、自分の専門分野として勉強していくことを決めました。
またスポーツドクター活動においてはスポーツドクターの資格を取りつつ、茨城県内の陸上競技会のドクターや東京オリンピック2020大会での医務活動に携わることができ、非常に貴重な経験をすることができました。サポートしていただいた先生方に感謝申し上げます。
まだまだ未熟ではありますが、様々な先生方のご指導のもと無事専門医を取得でき、充実した研修生活を送ることができたと思っています。

卒業年度:2016
小林嵩弘(こばやし たかひろ)
卒業大学:東海大学
メッセージ
この度後期研修を無事終える事ができ、整形外科専門医を取得する事ができました。
関連病院での後期研修では重度外傷から、変性疾患まで、トップレベルの医療を提供している先生方と同じ環境に身を置く事ができ、手術の技術だけでなく、各先生方の患者への接し方や、専門分野に対する熱意などを肌で感じる事ができ、大変有意義な時間を過ごす事ができました。
これからは整形外科専門医として自立し、患者への安定した技術の提供や、高度な医療の提供のため、研鑽を積んでいきたいと思います。
筑波大学での整形外科研修では、各分野のスペシャリティを学ぶ機会はもちろん、スポーツ整形、帯同活動、学会発表、論文作成等幅広く経験する事ができ、熱心な指導者の下で、自分の興味のある分野を深く学べる事が大きなメリットと考えています。
今後も新しく入局して頂ける先生方と一緒に楽しく、質の高い医療を提供していければいいなと思います。

卒業年度:2016
照屋翔太郎(てるやしょうたろう)
卒業大学:佐賀大学
メッセージ
入局を検討されている皆さんにとって、整形外科としてのスタートラインである後期研修(専攻医)は非常に重要な時期です。初期研修に比べてより高度な医療知識を学び、より専門的な技術を磨くことが大事になります。
筑波大学での後期研修では、複数の病院で勤務することでさまざまな疾患や症例に出会い、その診療に携わることができます。また、手術手技としてはどこの病院に行っても十分な経験を積むことができます。その分、早くから責任のあるポジションで働くことができ、診断や治療方針の決定など、医療を行う上で必要なことを早くから経験できることも魅力かと思います。
また、筑波大学の後期研修では、先生方からのフィードバックが非常に丁寧で、自分の成長を感じることができました。上級医の指導のもと多くの学会発表や論文作成を行うことができました。臨床研究の発表を通じて、医療現場における最新の知見を共有することができたと思います。その中で、私自身も多くの刺激を受け、より専門的な知識を身につけることができました。
さらにスポーツに関わっている先生が多いというのも魅力の一つだと思います。私は野球をやっていたこともあり、少年野球肘検診などをおこなっています。その他にも筑波大学体育学群の野球部のメディカルチェックを行うなど、これまでの自分の経験を生かしてスポーツ医療に関わることができています。
最後に、私はつくばとは関係ない土地で育ちましたが、他の先生方からも垣根なく接していただいています。今後も学ぶことはたくさんあるので引き続き精進したいと思います。多くの先生方と筑波大学整形外科で一緒に働くことを楽しみにしております。
(写真は入局してすぐに開催していただいた外傷勉強会:同期たちと)
2021年度のインタビュー

卒業年度:2015年
小方 陽介(おがた ようすけ)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
5年間の研修では、複数の関連病院で研修させて頂きました。それぞれの施設で、関節外科・脊椎外科・手外科・外傷といった多岐にわたる症例を豊富に経験することができました。また指導医の先生にも恵まれ、学会発表や論文執筆なども多く経験することができ、非常に充実した研修期間となりました。
また、スポーツドクターとして、アスリートに関わる機会も度々頂くことができ、病院での日々の診療以外にも活動の幅を広げることができました。
初期研修医として大学病院や関連病院で研修させて頂いた際、指導熱心な先生方に恵まれたことで、自分が成長できる環境であると感じました。
また、大学病院ではより専門性の高い疾患を学べること、そして関連病院も多くあり、そこではより一般的な症例を豊富に経験できる環境があると感じました。筑波大学は体育専門学群を併設しているため、スポーツドクターとしての環境も充実していると思います。

卒業年度:2015年
野上 裕子(のがみ ゆうこ)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私が筑波の医局を選択したのは、そもそもは大学受験で見た筑波大学のパンフレットの施設欄に記載された「ハンドボール専用コート2面」につられてこの大学を選んだことが始まりでした。その後は偉大すぎるOBの先生のもとハンドボールに少しでも関わりたくそのまま入局を決めました。
入局後の後期研修では大学病院と6か所の関連病院で研修を行いました。北は高萩市、南は東京都小平市まで様々な立地の病院で、地域に密着した医療から3次救急まで幅広い医療を経験することができました。外傷症例が豊富な病院に恵まれ、経験豊富な指導医の先生のもと数多くの貴重な経験をさせていただきました。
また、一緒に働く先生方にもご助力頂きながら、土日等を利用して筑波大学体育専門学群の女子ハンドボール部への帯同など、ハンドボールに関わる仕事もさせて頂きました。

卒業年度:2015年
平林 匠(ひらばやし たくみ)
卒業大学:鳥取大学
メッセージ
私はもともと茨城に縁もゆかりもない人間でしたが、スポーツ医学を志し筑波大学に入局しました。研修医の頃から帯同活動に参加させて頂き、スポーツに関わる機会を多く頂きました。当初は骨折治療や人工関節については知識がなく、自分がそんな治療をするとはイメージがつかなかったですが、今では外傷治療をメインに勉強しております。様々な2次、3次救急病院で研修させて頂き、それぞれの病院でしか見られないような症例を経験することができました。病院が変わるということは病院の雰囲気や生活環境が変わるということであり、その度にストレスではありましたが、今となっては良い経験をさせて頂いたと思っています。
私は特に専門は未だ決まっていませんが、整形外科の基本である外傷を続けていきたいと思っています。定期的に進路希望を聞いて頂き、相談にも乗ってもらうことも多く、医局に入って良かった点だと感じています。また他大学出身の私でも対等に扱って頂き、垣根がないことも魅力の一つです。

卒業年度:2015年
岡本 千尋(おかもと ちひろ)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は後期研修4年間で大学病院の他、水戸協同病院、西南医療センター、霞ヶ浦医療センター、きぬ医師会病院と計5ヵ所での研修を行いました。各研修病院はいずれも違う特色を持つ病院であり、指導医の先生方から多くの症例を学び、経験することができました。
元々、整形外科を志望した理由として整形外科は運動器機能と形態の維持・再建を担っており、現代の超高齢化社会においてかかすことのできない診療科ということがあります。実際、患者さんから感謝されることも多く、やりがいを感じる反面、期待される医療を提供できているか不安に思うこともありますが、指導医、後輩に支えられながら日々の診療にあたっております。
その他、現在はコロナ禍につき活動は休止していますが、整形外科サッカー部にも所属しており、入局1年目には日本整形外科学会学術集会親善スポーツ大会において優勝することができました。サッカーはずっと続けていたスポーツでもあり、今後も何らかの形で携わっていければと考えています。
私の学年は同期も多く、困ったときにはお互いに助け合い、非常に充実した研修生活を送ることができました。後期研修を終え、専門医を取得した今でも学ぶことは多く、引き続き日々精進していきたいと思います。

卒業年度:2015年
安永 将太(やすなが しょうた)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は5年間で7箇所と比較的多い関連病院で研修を行いました。毎年の異動は大変な面もありましたがその分多くの先輩医師からの指導を受けることができ各専門分野をまんべんなく学ぶ事ができました。それぞれの病院での雰囲気は非常によく、分からないことがあれば気兼ねなく先輩方に質問でき、熱心に指導をしていただきました。他大学の関連病院で働く機会もありましたが、筑波大学の関連病院では他大学と比べ比較的早い時期から外傷以外の多くの手術を執刀させていただけていることも実感しました。
私が筑波大学整形外科を選んだ一つの理由として学生時代から続けていたサッカーに関わる仕事がしたい、競技自体をつづけていきたいという思いがありましたが、多くの先生方のサポートもありJリーグの仕事に関わる機会をいただくことができ、また整形外科サッカー部として大会にも出場し競技を続けることができています(コロナ渦のため現在は活動休止中)。
熱心な指導をしてくださる先輩方、頼もしい同期・後輩たちとともに充実した研修を送る事ができます!是非仲間になって一緒に働きましょう!

卒業年度:2015年
坂下 孝太郎(さかした こうたろう)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は5年間の後期研修で大学病院をはじめ、東京・千葉・茨城の5ヶ所の関連病院で研修をさせていただきました。現在の情報社会において治療への知識に関しては自分が求めさえすれば、どこの病院にいても多くのことを学ぶことができる時代だと思います。多くの研修病院を回ることでたくさんの先生方で出会い、その先生方の治療の信念や治療を行うための準備や情熱を目の当たりにすることができたのが私の中で一番大きかったなと感じています。私が実際に筑波大学に入局を決めた理由も自分の尊敬する先生が筑波大学の医局にいたというのがあり、後期研修を通して、より多くの自分が目指すべき存在を見つけることができ、やはり選んで間違いなかったなと感じております。
また、筑波大学ではスポーツに関わっている先生方が多くいるというのも私の中では大きく、実際に昨年開催された東京オリンピック・パラリンピックのバスケットボール競技の会場ドクターとして関わらせていただきました。オリンピックという特別な舞台で選手を間近にみることができたのは、貴重な経験でした。他にも様々なカテゴリーの大会にドクターとして関わらせていただき、今後とも可能な限りスポーツにも関わりながら仕事ができたらと思っております。
整形外科の領域は非常に幅広く、学べば学ぶほど知らないことが増えていったというのが後期研修を終えた現時点での感想です。これからは自分の専門を決めて、よりその分野を深く学んでいきたいと思っていますが、後期研修でこれまで出会った先生方から学んだことを生かして、より自分自身を高めていけるように精進していきたいと思っています。

卒業年度:2015年
角南 貴大(すなみ たかひろ)
卒業大学:浜松医科大学
メッセージ
5年間の後期研修で大学病院の他、4つの関連病院で研修を行いました。三次救急病院での研修では外傷(大腿骨近位部骨折などcommonなものから開放骨折・体幹部外傷など重症なものまで)を中心に経験を積み、二次救急病院では外傷以外にも脊椎外科、手の外科、膝・股関節外科など幅広く経験を積むことができました。どの病院においても上司の先生方のサポートは厚く、非常に良い環境で研修させていただいたと感じています。
元々スポーツドクターを志望して筑波大学整形外科に入局しましたが、最初の研修病院で出会った先生の影響や研修中にその面白さに気づいたこともあり、脊椎外科をサブスペシャリティーとして選択しました。筑波大学整形外科といえばスポーツや脊椎のイメージがあるかも知れませんが、どの分野においても日本のトップランナーの先生方がいらっしゃいます。何を選択してもハイレベルな診療に携われることは間違いありません。また、私は他大出身ですが特に他大出身であることがマイナスに働くと感じたことは全くなく、心地よく迎え入れていただき研修できました。
このページをご覧になった先生方におかれましては、このメッセージが筑波大学整形外科での研修を考えていただくきっかけになれば幸いです。

卒業年度:2015年
藤田 開(ふじた かい)
卒業大学:福井大学
メッセージ
後期研修5年間で大学病院と県内の市中病院5か所をローテーションしました。茨城県は医師の数が少なく、外傷など症例数は種類も数も多くあるため、自分で執刀できる症例が多かったのが後から振り返ってみてよかった点と思っています。自分で手術をして元気になって退院していく患者さんをみるとやりがいを感じますし、学年の若いうちから安全に経験を積むには適した環境だと思います。また県外出身者や他大卒業生が多いので、自分も他大卒業生ですが特に違和感なく溶け込めました。
出身が茨城県であり、地元に戻ってこようと思っていました。もともと外科系で考えていましたが、初期研修で外傷の多い病院にいたきっかけで整形外科に興味を持ちました。手術は教科書を読んでもよくわからないことが多いので、どうせならいろいろな先生の意見や手術をみたいと思い入局を決めました。日常の困った症例も各専門診の先生に聞けますし、幅広い症例を経験できたことで自分の選択肢が増えたので入局してよかったと思っています。

卒業年度:2014年
田邊 さやか(たなべ さやか)
卒業大学:ハンガリー国立セゲド大学
メッセージ
私は初期研修を筑波大学付属病院で行いました。筑波大学は出身大学に関係なく、オープンな雰囲気で過ごしやすく、後期研修も同大学で受けたいと思い決めました。整形外科を選んだ理由は、初期研修中に体験させていただいた様々な科での手術の中で特に面白いと感じたからです。
5年間の後期研修では5つの病院で勉強させていただきました。筑波大学附属病院から始まり、キッコーマン総合病院、公立昭和病院、国立精神神経医療研究センター、つくばセントラル病院と周らせて頂きました。それぞれに病院の特色があり、患者さんのプレゼンテーションや周術期管理、診察の基礎、専門性の高い手術の助手などを大学附属病院、手の外科領域の疾患、股関節疾患、膝関節疾患をキッコーマン総合病院、開放骨折や、多発外傷、骨盤骨折を公立昭和病院、神経内科や精神科疾患合併のある患者さんの診察や、特徴的な疾患、小児のリハビリテーションについて国立精神神経医療研究センターで、高齢者の骨折治療、主に椎体骨折の治療について、つくばセントラル病院で経験させて頂きました。バランス良く、様々な疾患を経験させて頂き、非常に有意義な研修を終えることが出来たと思います。
また、自分は海外の大学を卒業しているためか、日本での慣習や、体制に不慣れな事も多く、本当にたくさんの先生方にご迷惑をおかけしましたが、どの先生もその都度、優しくご指導してくださり、とても良い環境で過ごす事が出来ました。

卒業年度:2015年
清水 知明(しみず ともあき)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は専門医を取得するまでの4年間で、大学病院、茨城西南医療センター、筑波メディカルセンター、筑波記念病院で研修を行いました。整形外科になりたての頃は日々新しい症例に直面し、救急外来での初期対応や治療計画・外来での診療など、わからないことだらけでしたが、上級医の先生方の温かいサポートのおかげで日々成長を感じることができました。
後期研修の前半が全て三次救急病院だったこともあり、オンコールの日は毎回不安な夜を過ごしていたことが懐かしいです。その中で特にemergencyを要する重度多発外傷や脊椎外傷などを多く経験させていただき、ロールモデルとなるような魅力的な上級医の先生方と出会いながら、整形外科医の存在意義・やりがいを強く自覚するようになりました。もちろんそういった大変な症例を一人で抱え込むことは決してなく、どんな時でも真摯に相談に乗ってくださり、手術に関しても私たち後期研修医がしっかりと経験値を積めるよう手厚くサポートしてくださった上級医の先生方には、今でも感謝の気持ちで一杯です。
また私達の学年は多くの同期にも恵まれ、同時にスタートを切った優秀な同期達の手術経験や学会発表、論文発表などは今でも日々のモチベーションになっています。
筑波大学整形外科では、上級医の先生方の手厚いサポートをいただき、優秀な同期達と切磋琢磨しながら、非常に充実した研修を行うことができました。

卒業年度:2015年
市原 琢己(いちはら たくみ)
卒業大学:東京医科大学
メッセージ
私自身はつくばで生まれ高校生までを過ごし、大学生生活は東京で過ごしていました。将来的にはつくばに戻ることを決めていたので初期研修まで東京でしていました。合わせて8年の間つくばを離れておりましたので入局した当初は多少のアウェイ感を地元なのに感じていました。しかし、アットホームな雰囲気でありすぐに馴染むことができたのを覚えています。研修は大学から東京医科大学茨城医療センター、TMC、水戸赤十字病院、つくばセントラル病院、公立昭和病院で研修を致しました。満遍なくエレクティブを勉強しつつ、外傷も多く経験できた研修かと思います。私自身はお世辞にも優秀な研修医ではなかったと思いますがどこの病院でも優しく、時に厳しくご指導いただいた先生方には感謝しきれません。専門医も無事習得し後期研修も終了し、今後は自分が指導する側に回ることも増えてくるかと思いますが初心を忘れず今後の診療も頑張りたいと思います。

卒業年度:2014年
猪股 兼人(いのまた けんと)
卒業大学:金沢大学
メッセージ
私は初期研修から含めますと筑波大学の関連病院 7施設で研修をさせていただきました。私が筑波大学整形外科入局を志した最大の理由にもなりますが、全ての施設において指導医の先生方が若手の指導に力を入れていることもあり、脊椎手術や人工関節手術、3次救急病院での多発外傷症例など多種多様な症例を経験、手術執刀する機会に恵まれました。各施設の先生方の指導の下、学会発表の機会にも恵まれ、臨床・学術面と充実した研修期間を過ごせたと感じています。また、スポーツ整形の勉強会や仕事に参加する機会もあることが筑波大学の魅力と考えます。
あらゆる分野において指導を受けられる恵まれた環境の中で研修をできることは若手整形外科医にとって心強いことと思います。一緒に筑波大学整形外科で働けることを楽しみにしています。
(写真は2019年 タイ バンコクでのCadaver Seminarにおいて)”

卒業年度:2015年
奥脇 駿(おくわき しゅん)
卒業大学:筑波大学
メッセージ
私は筑波大学整形外科へ入局し、大学病院での研修を含めて計6病院をローテートしました。大学病院でしか経験できないような難しい症例から、地域の中核を担う市中病院で日々遭遇するcommon diseaseや外傷症例、また3次救急病院での重症四肢外傷や脊椎外傷など経験しました。また私自身茨城県の修学生制度を利用していることもあり、ローテート期間のうち2年間はいわゆる医師不足地域での研修をさせて頂き、地域住民の治療から復帰までのサポートを行い、人手が少ない中での最善の医療を提供することなど多くのことを学びました。様々な経験を通して、治療や学会・論文活動などで携わる機会の多かった脊椎を専門として今後の進路を決め日々精進しています。
学生時代からスポーツ医学へ携わりたいと考えており、現在は実業団ラグビーチームのチームドクターなどに関わる機会を与えて頂いております。整形外科としてのスキルアップや学術活動のサポートも充実しており、様々な分野で活躍される指導医の先生方の存在が大きく筑波大学整形外科へ入局を決めました。
メッセージ
もともと私は茨城に縁もゆかりもありませんでした。スポーツ整形に興味があったことと、ご縁もあって筑波大学整形外科に入局しました。これまで5年間の研修にて、大学病院と6か所の関連病院で後期研修を行い、各病院で様々な分野の勉強をしてきました。整形外科になった当初は外来診療、救急外来対応、手術など全てがわからないことだらけでした。上級医の先生方に手とり足とり、熱心にご指導していただきました。治療経過で良い結果になった時も、時に悪い結果になった時も、常に親身に相談に乗っていただき、指導していただいた上級医の先生方には感謝しきれません。まだまだ一人前の整形外科医からは程遠いですが、理想の整形外科医になれるように頑張りたいです。
当初はスポーツ医学に憧れておりましたが、整形外科研修を行うにつれて、脊椎・外傷の分野に興味が湧くようになってきました。今後はサブスペシャリティーの分野に関して専門的な勉強に精進して参ります。
現在もラグビーの実業団のチームドクターとして活動しており、今後もスポーツ医学に関してさらに活動の幅を広げたいと思っております。筑波大学整形外科はスポーツ医学に携わる先輩・後輩方も多いこともあり、臨床業務とスポーツ医学の両立の理解が得られやすいことも良かった点でした。
また、筑波大学整形外科は他大学からの入局者が多いことも特徴です。私は他大学卒業ですが、出身大学などが研修内容や異動などマイナスに働くことはありませんでした。諸先輩方や同期は優秀な先生が多く、切磋琢磨できる良い環境で研修できたことに感謝いたします。
これを読んでいただいた医学生・初期研修の先生などに、少しでも筑波大学整形外科への門戸をたたくきっかけになっていただければ幸いです。